お侍様 小劇場 extra

   “七夕の晩に” 〜寵猫抄より


西日本や九州地方が大変だったこの梅雨は、
ちょみっと北上したその途端、
日本海側や東日本へも食指を伸ばしたか、
あちこちでゲリラ豪雨を齎す暴れっぷりで。

 『いや、正確には、
  梅雨前線のせいというより
  異様な熱気団のせいなんだがな。』

何でも、北半球の大体同じくらいの緯度の地域は、
どこもかしこも異様な猛暑に襲われているとか。
偏西風という気流に乗ってぐるんぐるんと、
高温の気団が巡っており、
それが日本では太平洋からの湿気と反応して、
昨日今日のゲリラ豪雨のタネになっているらしいと。
判らないことは勘兵衛様に訊こうを敢行した七郎次へ、
ご期待通り、きちんと説明してくれた御主様で。

 「でもま、
  ここいらはお空が望める程度には
  晴れてくれて良かったですよね。」

昨年同様に、庭の奥向きに茂みのあるところから刈って来た笹竹へ、
紙細工の投網や吹き流しや短冊などなど、
あれこれ飾った昨日は だが、時折強い物音立てての雨が降っており。
当日に当たる今日はどうなるのかと、
小さな仔猫さんと一緒に困ったねぇと案じたけれど。

 「にゃあみゅ♪」
 「ええ。涼しい風も入りますし、いい七夕になりそうですね。」

昼間は随分と蒸し暑く、
空にも時折 分厚い雲が沸いていたようだったが、
それでも何とか、
ここいら近辺ではお天気も保
(も)っている様子なので。
年に一度の恋人たちの逢瀬の晩も、
悲しい涙雨にはならないで済みそうだ。
勘兵衛は秋口に発行される雑誌用の、
連載小説の原稿の、仕上げにあたる推敲にかかっており。
一応“ご飯ですよ”と声を掛けた折、
“ん〜”という生返事があったので。

 “全体の読み通しをして終しまい、という段階かな?”

先日、読み合わせをしたその原稿は、
今 展開中のエピソードの山場にあたり。
春と夏にばらまかれた伏線がぎゅううっと集まって来て、
邪妖封じの主人公二人、
良くも悪くも様々な綾に引っ張られたり巻き込まれたりしての末、
大妖との大決戦という真っ只中…で次号へ続く、という、
読者には罪なほどに焦らしたところで結んでいるのが、

 “………お人が悪い。”

七郎次だけは、それこそ家人の特権で、
その続きもちらりと見せてもらっているが、
成程、結構 長い尺の戦いになっているので、
それで二分したようなもの…とも言えて。
焦らされて焦らされて待って読む、
それだけのボリュームはあるのでご安心をと、

 “……それを洩らせないのが、アタシにも酷ですよぉ、勘兵衛様。”

このシリーズに限っては、
自由奔放、無計画に進めておいでの島谷せんせいであり。
挿絵はいつだって“こんな情景に立つ誰某を”と直接指定をしているので、
画家先生へも話の筋までは知らせてない。
というか、何かしら いい感じのイメージが降って来れば、
何十頁もの長尺場面でさえ、
ともすりゃ大胆な書き直しも辞さないでやっちゃうお人なので。
先のことを告げても、時として無駄になりかねぬというのが正解で。

 “きっとヘイさんにも言ってないんでしょうし、
  ということは、
  アタシもヘイさんとそれを語っちゃいけないってことで。”

先に読めたって、
誰ともファンとしての萌え熱を分かち合えないんじゃあねぇ。
そういうところが酷ですよねぇ、と。
勘兵衛から直々もらえた特権への優越感と
でもでもそれの有り処を口外出来ぬジレンマと。
微妙な疼きをその胸に抱いたまま、
今のところは喜色が優勢か、うにむに口許をたわめておれば、

 「にゃっ。」
 「久蔵?」

それでなくとも幼子がいるので、
先にいただいてしまいましょうと。
ササミをたっぷり沈ませた、グリーンアスパラのスープと、
チーズを隠し味にしたクリームコロッケと。
小さな坊やへはご飯に和えてやっての
はふはふしつつ いただいて。
さあ食休みだと、リビングへ二人で移って来たところ。
いい風が入るので、掃き出し窓を網戸にしにと立ってゆけば、
そんな七郎次のすぐ傍ら、並んで立ってた仔猫の坊やが、
小さなお手々を伸ばして見せる。
和紙のシェードに囲われた、
床置きのルームライトの黄昏色の明かりも冴えるほど、
長くなった陽もさすがに暮れてしまった後なので、
庭の様子はさほどには見通せず。
玄関側ならエントランスポーチに誘導用の明かりもあるが、
庭の側には奥まったところ、古風な漆喰壁の蔵の手前に常夜灯があるくらい。

 “この辺りも、夜更けに真っ暗になるって程じゃあありませんものね。”

例えば待機中を示す家電のランプや何やという形で、
何かしらの明かりがあってのこと、
田舎のように“墨流しの闇”が訪れるなんて、
滅多にないのが都会の晩であり。
とはいえ、室内からこぼれた明かりだけでは、
テラスとしているポーチの向こう、
サツキの茂みや古木蓮の根方辺りなんていう、居回りに最も近いところでさえ、
陰に没して見えにく…い……はずが。

 「…………………え?」

その木蓮の根方だろうか、何だか妙な光が見える。
葉が濡れているのが てかって見えているのかな?
いやいや、さすがに月までは出ていないから、
光源がないのにそれはおかしい。
こちらのリビングの側を煌々と明るくしてはないので、
網戸越しでも見通しはいいほうだが、

 “…何だろ。”

夏も近づきゃ、妖かしの話も囁かれるのが相場。
それでなくたって、
こちらの作家先生の専門は、微妙にオカルト方面と言えないこともなく。
ただし、ご本人はあんまり信じてはないようで、

 『霊感ってもんがないんだろうな。』

これまでそういう何かを見たり感じたことはないからなと、
くつくつ笑っていたお人。
その点では…七郎次もご同類であり、
最近になっての唯一の例外が、
皆には仔猫に見えるらしい、この金髪の坊やの存在くらいだろうか。
彼もまた、一心に同じ方向を眺めやっていた久蔵だったが、
ふと、何かに気づいてか小さなお鼻をすんすんと鳴らし、

 「……みゃうにゃっ。」
 「ああ、これ、久蔵。」

小さなお手々をわっしと開き、
両手でもって網戸をたわむほど叩き始めるものだから。

 「お外に出たいの?」

見下ろして問えば、手が止まり、
つぶらな瞳が見上げて来ての、
ぱちぱちっと瞬くのが是と応じているようだったので。

 “夜中に外へ出たいだなんて。”

一緒にお出掛けというパターン以外ではなかったこととて、
大丈夫だろうかと少々戸惑った七郎次だったものの。
庭先の何かへの反応、そのままどこかへ駆け出すこともなかろうと、
それでも自分もかがんで姿勢を下げ、坊やと同じ高さの視線となってから、
サッシに嵌まった網戸をからからとゆっくり開けてやる。
何がどう見えているのかと、せめてそれを確かめたかったからで。
そんな七郎次の白いお顔に据えてた坊やの視線は、
だが、すぐさま庭のほうへと戻ってしまい。

 「みゃっ。」

小さな皇子は、威勢良くも沓脱ぎ石の上を経由し、
そのままポ〜ンとポーチへ降りてく。
本体が仔猫なせいか足音も殆どないままであり、
茂みの位置が辛うじて判る程度の輪郭しか見えない方へ、
たったか駆けてった仔猫様の姿もまた、
あっと言う間に薄闇と同化してしまう。

 「…久蔵?」

雨は降らなさそうだと、軒端へ出してた笹竹が、
涼しい夜風にさわさわと音立てて揺れる。
小雨が降り出したような音に、聞こえなくもなかったそれだが、
七郎次はそれどころじゃあないと、
ただただ目を見張り、仔猫が向かったほうを見据えていたのだが、

  ―――    〜ん

微かな音がした。
何だろ聞き覚えのある音だ。
小さな機械の唸りみたいな、そうそう蚊の羽音にも似てるかな?
遠くから始まったらしいそれが、風に乗って近づいてくるという感じで、
徐々に徐々に音が大きくなって来て。
う〜んが ぶ〜んに変わりかかったその途端、
フレームに手を掛けたままでいた網戸へ何かが当たった衝撃が微かに立って。

  「………え?」

何か飛んで来たらしいな。
やっぱり虫かなぁ?
僅かでも部屋のほうが明るいから誘われたのかな。
コガネムシとかそういう習性があるんだよね、
キャンプ場で、カンテラへ飛んで来て大騒ぎになったりして…と。
そんなこんなな情報が、一瞬という短さで脳裏を駆け抜けた七郎次の視線が、
網戸を見やったのも自然な動作に他ならなんだのだが。

  「………………え?」

そこに留まっていたのは、少し胴の長い一匹の虫で。
背中を覆う黒っぽい二枚羽に、どちらかと言えば細長い胴。
バッタやコオロギという体型じゃあなく、
第一 彼らの登場にはまだ季節が早い。
今時分にこの大きさの成虫がお目見えすると言ったらば、

  「     ……………ひ・」

  「おお、ホタルではないか。」

自分が最も嫌悪し恐怖するアレが飛んで来たものと思った七郎次が、
全身の血が凍りそうになるのを何とか鼓舞しつつ、
ここから離れねばと摺り足で後ずさり仕掛かったその背中を、
そちらさんは廊下からやって来ていた勘兵衛が、
ナ〜イスキャッチで懐ろに受け止めており。

 「……………………ほたる?」
 「ああ。こんな町中で珍しいことよ。」

都心とまでは言わないが、こんな土地にはまず生息出来ぬはずと、
網戸に留まったままの、
勘兵衛には小指の先ほどの大きさとなる虫を、
腰をかがめてまじまじと見やり、

 「こやつはな、
  幼虫の間は水中にいて、
  カワニナという
  清流にしか住まない巻き貝を唯一の餌にする関係で、
  水のきれいな土地にしかいない。」
 「え? ですが……。」

だったら、この庭に現れたのは確かにおかしい。
湧き水があるでなし、曲水や小川を設けてもいない。
なのに、水に縁の深い虫が来るなんて?

 「みゃあにゃvv」

黒いアレじゃあ無いならないで、
何が何だかとハテナまみれになりかかった七郎次の耳へ。
庭先から、
聞き間違えようのない愛らしい声が届いたのが
そんな間合いのことであり。

 「久蔵? どうした、外におるのか?」

自分を抱きとめたままの体勢、
よって肩先から発せられた勘兵衛の声にはっとして、
浅い眠りから覚めたかのように、
何とか身を起こし、あらためて御主のお顔を見上げれば。
その身を離してしまったことへだろ、
深色の目許を残念と言いたげに苦笑でたわめつつ、

 「ほれ。久蔵が庭で何か見つけたようだぞ?」

行っておあげと促され、それでと再び窓へ近寄れば。
先程とことこと駆けてった茂みから戻って来た久蔵が、
その手に何か小箱のようなものを抱えており。

 「……カゴ? あ、虫かごかな?」

短冊の下がった小さなカゴには、
不思議な緑色の光を点滅させ始めているホタルたちが入っており、


 『きゅうぞうへ

  おそらのあまのがわのかわりに、かんなむらのほたるをつれてきました。

  しちろーじといっしょにつかまえました。

  これで、きゅうぞうのいえのおにわが、あまのがわみたいになればいいなとおもいます。

  こんどは、おひるまにあそびにくるからね。

  さようなら。きゅうぞうより



 「……久蔵、
  これってカンナ村のキュウゾウくんが持って来てくれたんだって。」

 「みゃっ!」

知ってた? そっか、匂いがしたんで見に行ったんだね。
天の川の代わりだって。
そうだね、こんな沢山の光をお空に見れるんだよ?

 「七郎次、見れるはおかしいぞ。」
 「あ、はい。/////////」

どーじょと差し出されたカゴの端っこ、
簡単に草が巻かれてあっただけの辺があったので、
それを七郎次が手際良く解けば、
光の群れはゆっくりと散り散りになっての外へと出て来る。
彼らの周辺へと散らばって点滅を続ける様は、
夢の中の世界のように幻想的でもあって。

 「…………みゃ〜。」
 「うん、綺麗だねぇ。」

ほんの一瞬だとはいえ、とんでもないものと取り違えたことなぞ何処へやら。

 「素敵な七夕になりましたよねぇvv」

心奪われたようにうっとり見とれている和子と同様、
何とも屈託のないお顔で、蛍の乱舞へ見ほれておいでの恋女房の、
優しい横顔の方へこそ、気持ち奪われたいけない大人が約一名おわしたが。
夢見るような甘い声にも、何とか平静を保っての うんと応じた誰か様。


   いけない気持ちの発露は、
   坊やがネンネするまで我慢ですぞ、勘兵衛様。
(苦笑)





   〜Fine〜  2010.07.07.


  *とうていロマンチックとは言えない
   微妙なお話になっちゃいましたな、すいません。
   ホントは もう一方の島田さんチの話を構えておりましたが、
   書き始める直前に、
   藍羽様のお宅でとってもかわいらしい七夕のお話を見ちゃったもんで♪
   カンナ村のキュウゾウくんとシチロージさん、
   すてきな贈り物をありがとうございますvv
   家族みんなで楽しませていただきましたvv
   一人、不届きなことを思ってしまったいけない大人もいたようですが、
   まま、それはそれということで……。
(苦笑)

    藍羽様のお宅はこちらです  「Sugar Kingdom
    『天の川をどうぞ』というお話へvv

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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